自分にはずっと自覚している欠点があります。 人にもプロジェクトにも一気に盛り上がって、そして冷めるのが早い。
学校でテトリスの同好会を立ち上げたときもそうでした。 最初は本当に楽しくて、頭の中がそれでいっぱいになる。 でもしばらくすると、自分でもよく分からないうちに熱が引いている。
一番つらいのは、そこに人を巻き込んでしまっていたときです。 自分が誘っておいて、自分が先に冷める。これは相手に対してかなり失礼だと思っていて、 その怖さから「そもそも人を巻き込まないでおこう」という判断をしてしまうこともありました。
冷める瞬間に、共通点があった
カフェで作業しながらこの問題を考えていて、ひとつ気づいたことがあります。 熱が高いときと低いときで、自分が何を見ているかが違う。
結果のビジョンを見ている間は、熱量が高い。
手段やプロセスに視点が移った瞬間から、冷めていく。
これに当てはめると、今まで冷めてきたやつが全部説明できてしまいました。
最初は「これができたらこうなる」という完成形を思い浮かべている。だから楽しい。 でも実際に手を動かし始めると、意識は目の前の作業に移ります。 地味な調整、うまくいかない部分、面倒な手続き。 そこを見ている間、完成形は視界から消えている。だから冷める。
つまり自分は「飽きっぽい」のではなくて、 見ているものが切り替わったことに気づいていなかっただけかもしれない。 そう考えると、少し扱いやすい問題に見えてきました。
だったら、冷める前に戻れなくすればいい
対処法として今やっているのは、こういうことです。
- 熱がある最初の30分から1時間で、他人を巻き込む種をまく。誰かに話す、宣言する、約束する。何でもいい
- そのあとは、冷めていようがいまいが、やり切る
巻き込んでおくと、他人から反応が返ってきます。 「あれどうなった?」でも「面白そうだね」でもいい。 その反応が、次の熱量の着火剤になる。自分の熱が切れても、外から火をもらえる。
やってみて分かったこと
これを試していて、ひとつ確かめられたことがあります。 熱が冷めたあとでも、他人からのフィードバックを受け取ること自体は、まったく苦痛じゃない。
苦痛なのは「自分から発信すること」のほうだけでした。 だとしたら、最初に発信さえ済ませてしまえば、あとは楽なはずです。 この作戦は、たぶん自分に合っています。
もうひとつ大事なのは、小さく始めて、引き返せる形にしておくこと。 大きく賭けてから冷めると、迷惑をかける範囲も大きくなります。 小さければ、冷めてもやり切れるし、やめても被害が小さい。
この癖が完全に直るとは、正直あまり思っていません。 でも直そうとするより、そういうものとして扱う仕組みをつくるほうが早いというのが、 今のところの結論です。